のどあめ買ったよ

それがしが生まれは、蝦夷にて、寺子屋をば卒業するでござるまにて長らく蝦夷より出たこであるとは、ござりませぬ。
其れ、、寺子屋へが進学をば機に江戸の都へ出てきたにてござるが、最初は、初の事拝見する大城郭にであるとまどりて許りが毎日でござった。
寺子屋に入学したでござる許りが頃は、、未ださーくるにも入りておらず、朋輩も出来ずに危惧であると寂しじゃ許り感じていたであろう、、徐々に朋輩も出来、其れに伴りて付き合ゐも増ゑてきたがにて、情交費をば稼ぐべく時給労働をば致すことに候成り。
渡世のみにてしからば親が仕送りのみにてにてどうにかなりしござるが、デアイに遊興銭をばそこより出すがは、かたじけなかったがにて、出来るのみ長期にて出来る時給労働をば探して、飲食商い所なり今が時給労働をば見つけたとでござる。
しかして、そこにて今がかのおなごであると出會いたであろう。
新顔なりそれがしが教育係をば担当したでござるが、、かのおなごでござった。
かのおなごは、同じ年と云ふこであるとにて難儀気じゃくに教ゑてくれ申した。
それがしが蝦夷出身なることをば察すであると、いと興味をば抱居られたらしく、特に色恋にかかわる問い掛けをば多く受けるごとくなり申した。
なぜじゃ?そこまにて蝦夷に興味がござるのでござるらふ、であると疑問に存じておるであると、いかがやらかのおなごが当時付き合りておりき彼氏、、寺子屋進学にて蝦夷に行りてしもうたさふなのだ。
ちょうどそれがしであると反目が役目と云ふわけでござるな。
なれど左様な話をば致し候うちに、徐々にかのおなごであると過ごす刻限、増ゑ、そが彼氏には、かたじけないであると思何時つも、何時しやそれがしは、かのおなごであると付き合うぞうになり申した。
それがしは、ひとたびお慕いしておりますに成り申したらであるとこであるとんお慕いしておりますにてあり続ける、と云ふ色恋観をば持りており、そこにかのおなごは、惹かるたでおます。
地五郎にて、実直だ、であるとりゑにてござる、、そが素朴じゃ、城郭が輩には、逆援にて魅力的に映るみてすのう。